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自分らしく生きるということ

「自分らしさ」とはなんでしょうか?

 

あなたは真剣に考えてみたことはありますか。

 

私たちは、日々の集団での生活の中で「自分らしさ」というものを見失ってしまいがちです。
いや、そもそも気づいていないのかもしれません。

 

私たちは、幼い時から集団の中に従属させられ、その集団の規範に沿って生活をしてきたわけですから無理もありません。

 

自由に幸せに生きていくためには「自分らしさ」を見つけることが必要不可欠です。

 

「集団での生活で押しつぶされていた「自分らしさ」を取り戻すことこそ、今後ネットビジネスを成功させていく上でも大きな原動力となります。


なぜ「自分らしさ」を保てないのか?

人間、とりわけ日本人は周りと同じ行動を取るという習性がよく目立つ生き物です。

 

これは、周りと同じ行動をとることで安心感を得る行為であるのでしょう。

 

私たち日本人は、長年の詰め込み教育の甲斐あってか、多くの人たちが思考能力を奪われています。

 

思考能力といいますのは、足し算や引き算のような形だけのものではなくて、もっと重要な人生の大きな問題に対する思考能力です。

 

なぜ思考能力が欠如しているかといえば、インプットばかりを重視して、アウトプットをしない教育ですから、肝心な行動に移すにあたっての能力が全く身につかないわけですね。

 

そういった日本人全体としての思考能力の低下というのが、我々の集団帰属意識というものを活性させて、思考停止の人生に誘っているのかなぁと私は考えています。

 

集団帰属意識というものは、なかなかのくせ者でして、私たちを居心地の悪い環境に縛り付ける大きな鎖となっています。

 

学校でも会社でもそうですが、集団に属するものはその集団の中で自分の立ち位置を確保するために、偽りの自分を演じる必要性が出てきてしまいます。

 

集団の中では個を出しすぎると浮いてしまうものなのです。

 

ですから、みんな嫌われたくないという気持ちが先行して、自分を必死に押さえ込もうとするわけですね。

 

これが、私たちの多くが「自分らしさ」を失っている大きな要因です。

 

「自分らしく生きる」というのは、
「周りがみんなそうしているから自分もそうする」という浅はかな考えではなくて、
「周りがそうしているけど自分はこうだ!」という強い意志のもと成り立つものなのです。

 

道に迷ったら、自分に自問自答すればいいんですよ、僕の様に。私はこう思ってる、でも人はこう言う、でも私はこう思ってるので行きますという事でいい。皆がこう言うから、ちょっと止めとこうは、僕の人生だけで言うと損したことばかりです

――堂本剛

 

時の流れや雰囲気に応じる「時流」でなく、自分の器や正直な気持ちで動く「自流」で生きろ

――荒木経惟

 


サッカー選手から学ぶ「自分らしさ」の重要性

(ここからサッカートークが始まりますのでご了承ください。)
私は、趣味でサッカーをよく観戦しているのですが、一押しの選手がいます。

 

リカルド・クアレスマという少しマイナーな選手なのですが、わたしは彼の生き様に対してものすごく憧れを抱いています。

 

彼は、ポルトガル出身の選手で、かの有名なクリスティアーノ・ロナウド選手の先輩にあたる選手です。

 

実力はそのロナウド選手も認めるほどで、19歳の時にスペインの名門バルセロナに引き抜かれた天才肌の選手です。

 

彼は、アウトサイドの魔術師という異名を持っており、右サイドからのカットインで右足のアウトサイドを振り抜くという独自のプレイスタイルは見るものを魅了します。
(専門用語ばかりで申し訳ないです。笑)

 

つい最近のWCでも得意のアウトサイドキックが炸裂していてみていてとても興奮したのを覚えています。

 

そんな天才肌の彼ですが決して順風満帆の人生を送ったわけではありませんでした。

 

彼は、バルセロナを1年で退団し、そのあと様々なクラブを転々としましたが、思ったような成果を上げることができないでいました。

 

それは、彼の個に執着しすぎたプレイスタイル、トリッキーなプレイが影響したと言われています。

 

彼の独特なドリブルのリズムやその右足のアウトサイドから放たれるシュートには見るものを魅了する不思議な力があったのですが、どうしても、彼の性格的に集団でのチームプレイを要求されるサッカーというスポーツにおいてはその真価を発揮することができなかったのです。

 

ですから、クアレスマ選手は後輩のロナウド選手の陰に隠れて、なかなか表舞台に出ることができなかったわけです。

 

私は、このクアレスマ選手の人生というものが、集団での「自分らしさの抑圧」を物語るいい例なのではないかと思っています。

 

どうしても、集団に属してしまうと、個というものは否が応でも抑圧されてしまうものです。

 

それでも、自分の個を貫き通すことをやめなかったクアレスマ選手は結果、期待されていたのに活躍できなかった選手としてよく名前を挙げられます。

 

しかし、そんなクアレスマ選手にも現に私というファンがいるわけです。

 

世界中に、芸術的なアウトサイドで人々を沸かせるクアレスマ選手の元には大勢のファンが存在しています。

 

このことが、「自分らしさ」を見失わないということが、結果として人生を成功させるということを証明しているのではないかと思います。

 

サッカー界全体を見通せば大した成功とはいえないのかもしれませんが、今の彼は幸せなはずです。

 

どんなに、集団による抑圧の逆境にさらされても「自分らしさ」を見失わなかった彼は本当に偉大な選手だと思っています。

 

クアレスマ選手のサッカーに対する姿勢は私の人生観に大きな影響を与えてくれました。


私のたわいもないサッカー経験から

サッカーの話ばかりで申し訳ないのですが、今度は私のサッカー経験について話したいと思います。

 

私の場合、サッカーは確かに好きなのですが、見ることと実際にやることとは話が別でした。

 

私は、小学生の頃、「みんなやっているから」という理由で母親に無理やりサッカーをやらされていた経験があります。

 

完全に親の言いなりだったので、私自身サッカーに対する意欲は微塵もありませんでした。

 

そもそも、私には集団でのスポーツというものが性に合わなかったのかもしれません。

 

「ボールなんかこないでくれ。」

 

というスポーツ少年団の入団者にあるまじき姿勢でサッカーの試合に臨んでいたため、
案の定いつもベンチでした。

 

2年間やっていたのにもかかわらずリフティングは3回しかできません。

 

この経験から私は、他者依存の恐ろしさというものを見に染みて感じています。

 

やりたくないことを無理やりやっても、最終的に幸せにはなれないということです。

 

そこに「自分らしさ」など微塵も存在していません。

 

私の場合は極端な例ですが集団で行動するのに向いていない人というのは必ず存在します。

 

そういった場合は、無理に自分を押し殺す必要はないと思います。
クアレスマ選手のように個を全面に出してみたり、
私のように、合わないと思ってそそくさとやめてみたり、

 

一度孤独に身を置いてみるのも人生を考える上では重要なことなのかなと思っています。

 

今振り返ってみると、サッカーは私にいろいろなことを教えてくれたなぁと物思いにふけっているところです。

 

サッカーは集団のスポーツなので、その中で繰り広げられる人間ドラマを見ていると不思議と人生について考えさせられるものです。

 


自分らしく生きれば必ず幸せになれる

私のサッカー談義に付き合ってくださってどうもありがとうございました。

 

私が、サッカーというものを通して、最終的にあなたに伝えたいことは
どんな逆境においても「自分らしくあれ」ということです。

 

自分らしく生きることができない人には次なる道は開けない

――福沢諭吉

 

自分らしくなれないというときは、無駄なプライドが邪魔をしている可能性があります。

 

それは、

 

「舐められたくない」
「自分に一番関心を持ってもらいたい」
「馬鹿だと思われたくない」

 

などのプライドです。

 

これらのプライドといいますのは、全て他者依存のプライドであるということがお分かりいただけるでしょうか?

 

「他人から〇〇と思われたくない」というように

 

他人の目線ばかり気にして、自分を見失っているのですね。

 

こういった考えは今すぐにでも捨て去るべきだと思います。

 

とはいえ、私たちは常日頃から人間関係の元に身を置いていますから、どうしても他人の目線を気にしてしまうというのは無理もない事だと思います。

 

しかし、そういった他者依存の考え方ではいつまでたっても理想の人生を手にすることはできません。

 

自分の人生を他人は変えようとはしないからです。

 

ですから、自分の人生は自分で決める。

 

そういった気概が重要になってきます。

 

その過程で必ず撥ねのけるべき人生の敵というものは出てきてしまいます。

 

それは国であったり会社であったり時として親であったりします。

 

私たちは、自由に生きようとした場合、全ての人から好かれて生きていくことは不可能です。

 

これは一種の宿命です。

 

絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしい偉業である

――エマーソン

 

ですが、先ほどのクアレスマ選手のように自分を好きな人だけを周りに集めることは可能なのです。

 

人間関係の中で自分が機能するように自分を作り変えることはそれだけで気苦労が絶えませんから、

 

かえって、そのような吹っ切れた生き方のほうが精神的に楽でいいのではないでしょうか。

 

いえ、むしろそのような「自分らしさ」を前面に出した生き方こそが功を奏する時代になってきているのです。

 

それを実践するための環境がすでにネットの世界には整っています。


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