自由、アフィリエイト、学生

経済的不自由に囚われる日本人

自由にもいくつかの種類があります。
それは私の尊敬するアフィリエイターの方もしきりに仰っていることですが、
今回はその中でも経済的自由について言及していきたいと思います。

 

経済的自由とは簡単に言えば、お金の束縛から解放されることです。

 

我々一般人は日々生活していく中で、お金について日々悩みを抱えているものです。

 

当然でしょう。

 

会社に雇われる働き方では、1ヶ月を食いつなげるかどうかもわからないような給料しかもらえないのですから。

 

おまけに、どれだけ頑張って出世しても昇級など高々2、3万程度。

 

日々の生活だけで一苦労なのにもかかわらず、大企業の法人税の削減における穴埋めとしてべらぼうに上がる消費税。

 

悩みを抱えないわけがありません。

 

そもそもそういった悩みは意図的に作られていると言ってもいいでしょう。

 

国や会社など、もとより我々一般人の幸福など願ってはいないのです。

 

彼らが願っているのは、安い労働力を文句無しで提供してくれる人間が増えること。

 

雇われる以外にお金を稼ぐ方法を知らない人たちは、今日も少ない給料を切り詰めながら生活し、お金に対する不安を煽られ、より雇われる労働に従事せざるを得なくなっています。

 

多くの人は一生懸命、会社に勤めればいずれは幸せになれると思っているはずです。

 

そのために、学校の教育を一生懸命に受けて立派な大企業に就職された方も大勢いることと思います。

 

しかし、雇われる身である以上、我々一般人は永久に自由を手にすることはできません。

 

お金の心配が人生の中で潰えることがないのです。

 

どれだけ頑張って貯金をしてもなぜかお金が足りない。

 

そう言った現象が起こってしまいます。

 


雇われる側と雇う側の決定的な違い

これは、雇われるということの非効率性を深く物語っていると思います。

 

例え話で話すとすれば、

 

雇われる人間は、池でバケツに水を汲んで家に運んでくる人と言い表せます。

 

それに対して、経営者という人たちは、バケツは持っていくのですが、それと一緒にスコップも持っていくわけです。

 

これはどういうことかというと、経営者はもちろんバケツで水を汲むのですが、それと同時に、スコップで水路を作って自宅まで水を引くように努力するわけです。

 

これが身を結んだ際、経営者というものは、わざわざ池まで赴かなくとも、水が勝手に家に供給されるわけです。

 

この水というのがいわゆるお金のことです。

 

私たち一般人は、お金を手に入れようと思ったら、これまでの価値観教育の影響で池にわざわざバケツを持って汲みにいくだけという非効率的な方法を取っているのですね。

 

しかもそのバケツにはたくさんの穴が空いているわけです。

 

その穴といいますのは、いわゆる税金であったり、日々の生活費であったり、多岐に及びます。

 

周りがみんな穴の空いたバケツで池まで水を汲みに行くことをやっているのでその現実に何の疑問も抱けないようになっているのですね。

 

こんな生活を続けていては、一向にお金の呪縛から解放されることなどできませんよね。

 


学生は経済的不自由の最たる犠牲者

私も、学生の身であることもあってお金には長年悩まされてきました。

 

あまり取り上げられることはありませんが、基本的に学生というものは貧乏です。

 

お金を稼ぐ方法と言ったらアルバイトくらいしかありません。

 

(お金を稼ぐ方法を誰からも教えられないからなんですけどね。)

 

それも、田舎だと700円程度の時給しか払われないような劣悪な労働条件での仕事。

 

ちょっと買い物をしようにも、値段に敏感になってしまい、気楽に買い物もできない。

 

そんな日常が当たり前なのです。

 

学生という身分は、現在のデフレ経済におけるコスト削減のしわ寄せ被害を受ける最たる身分です。

 

若いからという理由で、無理を押してでもブラックな企業が酷使しようとするわけです。

 

私は、若い人たちがこんなにも貧乏に苛まれることは間違っていると思います。

 

しかし、若者を精神的に追い込むということは世の中の権力者にとって重要な教育段階であることは確かでしょう。

 

学生時代に、よりブラックなバイトを経験させておけば、将来的に正社員として雇われることに何の疑問も抱かせないようにすることが可能ですからね。

 

「あのブラックなアルバイトに比べれば、正社員として雇われることは素晴らしいことだ」

 

と誰もが思うことになるでしょう。

 

学生という身分は意図的に貧乏にされているというのが正しいのでしょうね。

 


一般人が経済的自由を手に入れるために

人間とは良くも悪くも慣れる生き物です。

 

ですから、そう言った貧乏な暮らしに慣れてしまうほど恐ろしいことはないと思います。
傍から見たら、理不尽極まりない所業にも慣れてしまえば何も言えなくなってしまいますからね。

 

私たちは、そういったお金に縛られた不自由な世界から抜け出すためにしたたかに準備をしていかなければなりません。

 

何にも縛られない環境でビジネスを興すのです。

 

それは、自分が労働の歯車に加わることなく、システムを管理する側に就くことができるビジネスです。

 

リアルビジネスが大企業によって飽和した世界で一般人が成功していくための鉄則として、

 

初期投資がかからない
在庫を持たない。
人を雇わない。
仕入れが存在しない。
ロスが少ない。
自分一人が頑張れば結果がついてくる。

 

と言ったものがあります。

 

私の経験上、上記のすべての要件を満たしているビジネスモデルはアフィリエイト以外に存在しないのではないかと思っています。

 

今は、ラップトップ一台で生活して行ける時代になったのです。

 

それも、ネットの世界というものは、我々一般個人の独壇場といっても良いくらい可能性のある世界です。

 


お金本体ではなくお金の稼ぎ方に注目する

「世の中お金が全てじゃない」

 

この考え方には私も大きく賛同します。

 

お金が全てだったら、人生お金に振り回されて、何のために生きているのかわからなくなってしまいそうです。

 

あくまで、お金というものは自分の人生を手助けするための一種のツールだと思っています。

 

しかし、お金というものはどうしてもないがしろにはできないものです。

 

今の時代、電気にしろ、水にしろ、ライフラインの全てがお金に依存しているため必要最低限の生活を送ろうにもお金というものは必要不可欠であるのです。

 

正直言って、私はお金を手に入れて人並み外れた贅沢をしたいだとか、いろんなモノを手に入れたいだとかそう言った欲望は備えていません。

 

ですが、だからといって自分で稼ぐことをやめてしまえば、雇われて一生自由を剥奪されてしまうわけですから、

 

お金というものはどうしても重要になってくるわけです。

 

金は世界で一番重要なことではない。愛こそ一番重要である。幸運なことに私はお金を”愛”している

――ジャッキー・メーソン

 

「大事なのはお金じゃない」などという人は、お金のない状態を長く続けたことがないに決まっている

――ロバート・キヨサキ

 

お金本体が重要というよりも

 

お金の稼ぎ方が重要と言ったほうが正しいでしょうか?

 

今は、高度経済成長期のように、いい大学に入れば幸せになれるという神話が崩壊しつつあります。

 

某東京の有名大学の卒業生でも、コンビニで低賃金バイトをするような時代です。

 

いかに稼ぎ方というものが重要なのか思い知らされますね。

 

私たちは、正しい稼ぎ方で、経済的自由を勝ち取らなければならないのです。

 

もう穴の空いたバケツで水を汲むのはやめにしましょう。

 

あなたが少し視点を変えれば、お金をもっと効率よく稼ぐ方法が見つかるはずです。

 

現代において私たちの手のひらにはネットという広大な世界が広がっているわけです。

 

その可能性ある環境を利用しない手はないのではないでしょうか?

 

私たちは、いつでも人生を劇的に変えることができるのです。

 

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が残るのでもない。唯一生き残るのは変化する者である。

 

――チャールズ・ダーウィン


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